旅行や留学、仕事で海外に行くと、日本との違いに驚いたり、トラブルになったりすることがありますね。

慣れてくると何か起きても柔軟に対応したりできるかもしれませんが、なかなかそうはいかないものです。

今回はアメリカ留学中に起こったちょっとしたトラブルや苦労話を紹介します。

はじめに

私が語学留学という形でアメリカのアリゾナ州にやってきてちょうど1年が経過しました。これまでに観光や出張として訪れたことがあったアメリカですが、いざ実際に生活をしてみると予想を超える様々なことが起こりました。

日本では考えられないようなことや、思わず笑ってしまうようなことまで様々です。今回は、英語の学習からは少し話が逸れますが、海外での人生勉強という観点でいくつかのエピソードを紹介したいと思います。

アメリカではごく普通のことなのかもしれませんが、日本人にとっては非常に鮮烈なことばかりです。これからアメリカで留学や駐在などを控えている人は、事前の参考程度に読んでいただければ幸いです。

あくまでも私の個人的な経験と感想ですので「アメリカあるある」程度に思ってください。

「I’m sorry.」の重み

これは日本人にとって必ず通るであろう避けて通れない道でしょう。学校、政府機関、銀行、スーパーマーケットあらゆるところの窓口の対応がいい加減です。びっくりするほどいい加減のため、慣れてくると笑ってしまうほどです。ちなみに私はこのいい加減さには、おおよそ1年ほどで順応したと思います。

例えば、アメリカにきて半年ほど経過した頃、常にパスポートを持ち歩くのが嫌になったので、アメリカの身分証明書として使える運転免許を取得することにしました。

アメリカでは運転免許を取得する際にはDMVと呼ばれる、日本の運転免許試験場のようなところに行って手続きをします。日本同様に受付は長蛇の列。窓口の人は覇気がなく、とにかく機械的に仕事をこなしている印象は同じです。

その窓口で免許証を取得しにきたことを伝えると、すぐに写真を取るからあちらのカウンターAに並んでねと笑顔で言われました。言われた通りカウンターで並んでいるとすぐに写真撮影。次にカウンターBに並べと指示されます。

念のため再確認をした上で指示通りカウンターBの長蛇の列の最後尾に並びました。まったく進まない列にイライラしつつも自分の番を待ちました。1時間以上並んでやっと私の番になったときに「あなたが並ぶべきカウンターはここではない」と告げられ、カウンターCに並び直し。カウンターCも長蛇の列。

写真撮影のカウンターで僕に指示を出した人に抗議をしにいくと「I’m sorry.」の一言、たったこれだけでした。日本では考えられないでしょうが、たったこれだけです。次のカウンターで優先的に扱ってもらうこともなく、結局、2時間ほど「ただ並ぶ」ということに時間を費やしてしまいました。

アメリカでは、基本的に窓口対応の人はとにかく愛想が良いのですが、やることはいい加減なことが多いのが私の個人的な印象です。日本では窓口の人は無愛想であっても、やることはしっかりしていることが多いので、まさに正反対と言えると思います。

他にも、私がアパートを借りる際に管理オフィスの窓口に行って室内を見せてもらった時の話。窓口の人は非常に愛想が良く、ニコニコして大歓迎してもらえました。ましてや日本からやってきたことを伝えるとさらに喜んでくれて、こちらも嬉しくなるほど。

希望の部屋を見せてもらった後に、他にも別の場所で見たい物件があることを伝えると「48時間あなたのためにこの物件を押さえておきますね」と言ってくれました。このことは私にとって非常に助かることだったので感謝してその日は別れました。

他の物件を見たものの、やはり押さえてもらっている物件がよかったので、次の日に管理オフィスに行くと「すでに他の人が契約を決めました」の一言。確かに48時間抑えると言ったにもかかわらず、承諾もなく勝手に契約を済ませていたのです。物件探しに終始付き合ってくれていたネイティブの人も憤慨してしまう始末。

約束と違うことを抗議しても「I’m sorry.」の一言、たったこれだけでした。代替案を出してもらうこともなくこの一言だけ。この時の私は日本からきたばかりだったので、怒ってしまいましたが当然何も解決されませんでした。この時からアメリカで日本の感覚のまま生活すると疲弊してしまうことを学んでいくことになります。

そして、この後あらゆるところで耳にすることになる「I’m sorry.」にはまったく謝罪の気持ちが込められていないということも理解できるようになります。個人的には日本語の「ごめんなさい」と「I’m sorry.」はまったく重みが違うと思っています。

お金の管理もいい加減

日本人からすれば「いい加減」ということはお金に関することでも起こります。日本の感覚のままでいると、お金で痛い目に遭う可能性があります。私の実体験を紹介しますので、みなさまも自衛の意識で参考にしてください。

私は学校の授業料を前払いでなおかつ一括で収めています。事前に受講するコースを学校の専属アドバイザーと一緒に相談しながら決めるのですが、その際に授業料や設備費、健康保険など諸々の経費が算出されます。

最終的に確定した金額をオンラインからクレジットカードで支払うのですが、請求金額と実際に引き落とされた金額が異なっていました。私の場合は600ドルほど多く徴収されてしまっていました。結果的に2ヶ月後に返金されましたが、私が気がついていないとそのままになるところでした。

アドバイザーに原因を聞いても「私の管轄ではない」の1点張りで、学校の経理に尋ねても「学生の窓口はアドバイザーです」の1点張り。たらい回しどころか、そもそも誰にも相手にしてもらえないのです。

どこにも対応してもらえないので学長にメールで抗議しても、返信もなく代理人による対応の手配もありません。もはや諦めるしかなく、毎度こういうことに力を入れて生活していると、アメリカでは気力も体力も持たないということを学んだと解釈するようにしました。

実際に、窓口の対応や不可解な出来事をひとつひとつ気にしているとアメリカのことを嫌いになってしまいます。好きで留学を始めたからには、こういう経験を通じてアメリカのことを嫌いになるより、気持ちを楽にして順応するほうが建設的です。

アメリカで似たような経験をしている日本人は、留学生に限らず多くいるようです。それぞれの経験を聞いていると、みんな怒ることなく笑いながら話をしてくれます。もはやみなさん慣れているようで、いい感じで肩の力が抜けているようでした。

残念ながら、紹介したようなことは他人の経験談を聞いても読んでもピンとこないものです。アメリカにきて身を持って経験することで初めて理解できるでしょう。実際に経験した際に、このエピソードのことを思い出していただければと思います。英語の学習においてもそうであるように「国が違えば文化も違う」の典型的な経験だと思います。

雨漏りは直してもらえない

私が住んでいるアパートは築30年が経過している古いアパートです。何度も修繕を加えながら使われているらしく、見た目は新しいのですが、細かいところはダメージを受けています。

その代表が天井で、私の寝室には何度も修復した亀裂の跡が残っています。私が住んでいるアリゾナ州のエリアは365日のうち330日は快晴という気候で、ほぼ雨は降りません。しかし、7月から8月にはモンスーンという時期で毎日1時間ほど集中的にスコールが発生し、その時期だけ雨漏りが発生します。

幸い雨漏りが発生する箇所には、ベッドも家具も置いていないのでバケツを置いておけば対応可能なのですが、夜中でも容赦なく雨漏りするのでストレスです。そこで、アパートの住民のためにあるウェブサイトから修理のリクエストを出しました。しかし、1週間経っても音沙汰なし、それどころかウェブサイトには「解決済み」のサインが。

仕方がないのでオフィスに直接出向いて進捗状況を聞いたら「担当者が就任して間もないから事態が飲み込めない」とか「後で連絡する」の繰り返し。それでも結局、連絡はこず、気がついたらモンスーンの季節は終わり、雨漏りの心配が不要になってしまいました。

こうなると笑うしかなく、いまでは何事もなかったかのように忘れて過ごしています。どこの州のどんなアパートに住もうとも必ず何かしらのトラブルは起こるでしょう。そんな時に肝心なのは「そこは日本ではない」と思う覚悟です。

郵便物は行方不明に

私が住んでいるアパートは数百世帯あり、一ヶ所にポストが集合しています。ある日、その集合ポストで郵便局の人が郵便物をポストに配布しているタイミングに出くわしました。私のポストのなかには日本で言うところの「不在通知・再配達通知」の紙が入っていたので、その場にいた郵便局の人に尋ねました。

尋ねた内容は「不在通知を受け取った場合の手続きの進め方」だったのですが、気を利かせてくれた郵便局の人は、先にサインしてくれれば明日持ってきてあげると言ってくれました。私は言われた通りサインをして明日持ってきてもらう約束をしました。

いつもその人が私のアパートを担当しているので、間違いなく持ってきてくれるだろうと信じてしまったのが私の落ち度でした。結果、やはり再配達されることなくその郵便物は行方不明になってしまいました。

さらに翌日、約束してくれたはずの郵便局のスタッフを問いつめても「同僚に頼んだけどなあ」と他人事。自分自身が約束しておきながら、翌日には知らん顔できる姿勢に少し感心してしまいました。結局、その人は決まり文句の「I’m sorry.」を言って終わりました。

不思議なもので、英語の学習以外にも日常的にこのような経験をしていると、「主張する」姿勢と「抗議する」英語力が身につくものです。不可解なことが起きた際に、冷静になおかつ論理的に英語を展開できるようになっている自分がいました。ある意味で学習の成果が出たと思っています。

まとめ

このように紹介したエピソードは私が経験したごく一部のことです。少し前までは、こういうトラブルに遭遇するのが嫌で、事務手続きや窓口に行くこと、さらにはアメリカ人に接することに億劫になっていた時期がありましたが、経験を重ねていくと不思議と力が抜けてくるものです。

アメリカはよく訴訟社会と言われますが、いつどこでも訴訟が起きてもおかしくない不可解なことばかりです。言ったことをやらない、約束を守らない、徹底した責任逃れ、これらの点は日本とは大きく異なります。恐らくみなさまも日本からアメリカにきて半年くらいは、この文化の違いに驚き、疲弊することは避けて通れないと言っていいでしょう。

しかし、英語の学習と同じで文化の違いも学習です。継続的にひとつひとつの積み重ねを続けていけば、いつの日か「もの」にできています。こうなるとアメリカ生活は俄然と楽になり、楽しめるようになってきます。

肩肘張らずに、楽に生きていくことを感じられるかもしれません。ただし、我々日本人が絶対に忘れてはいけないことは「日本人としての誇り」です。古くからそうであったように、日本人はいつでもどこでも真面目に、誠実で、実直であるべきです。

アメリカの日常生活で苦労したからこそ、日本人としての誇りや、日本人の素晴らしさを実感できたのだと思います。私にとってアメリカでの生活は、英語の勉強のみならず、文化の違いや日本人の素晴らしさも学べる貴重な毎日です。