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日本人というのは、世界の人々からどう見られているのでしょうか?

「勤勉」や「シャイ」というのが、よくあるイメージかもしれません。

今回は、アメリカ人からどう見られているのかという一例を、アメリカに留学中の日本人男性の体験談をお話いただきました。

はじめに

私は現在アリゾナ州の大学で語学学校に通っており、留学を始めて1年が経過し、これまで知ることがなかった現地での生活を通じて、日本人がどのような目で見られ、アメリカ人を始め異国の人たちからどのように映っているのかが分かってきました。

日本人、はたまたアジア人として不快な思いをすることは少なく、むしろ日本人で良かったと思えることのほうが多いのは幸運なことだったかもしれません。ご存知の通り、アメリカは広くひとつの州がひとつの国のようなもの。州ごとにことなる法律や税金、当然ながら生活している人たちの考え方も異なります。今回は私がアメリカで生活をしてみて分かった、日本人の価値や日本人の立ち位置など、国際的な場面で日本人がどう思われているのか、実体験を基に紹介したいと思います。

あくまでも個人的な経験ですので、必ずしもどの州においても同じことが起こるとは限りません。ですが、いずれの経験もみなさまの考え方の視野が広がるきっかけになれば幸いです。

厚い信頼と尊敬!

私が通っている語学学校では、中東系とアジア系が多いのですが、とにかく日本人は尊敬されます。はっきり言って私は何も出来ないにもかかわらず、日本人と言うだけでクラスの中心、あるいは責任者のようなポジションになります。

例えば、クラスを代表してひとりが生徒代表として職員たちと色々を話合う会議がある場合、ほぼ間違いなくその役目は日本人にまわってきます。実際にクラス内で代表者を選ぶ際は、暗黙の了解と言った感じで私が選ばれてしまいました。

考え方によっては「おとなしいアイツに任せておけばいい」と押し付けられているだけなのかもしれません。しかし、実際には「ちゃんと責任を持って対応してくれる」という空気感で任されていました。もちろん、その役目はしっかりとこなすことになります。

クラスメイトと話をしていて分かってきたことなのですが、日本人というのは諸外国ではもはや「ブランド化」していて、日本人というだけで、真面目で誠実そして信頼できる優秀な人となるようなのです。

諸外国の人には、このような潜在的な意識が根強いらしく、最終的に頼れるのはやはり日本人となるようなのです。これに対して、中東系やアメリカ人は最初は調子がいいものの、後から徐々にいい加減になったり、仕事を放棄することがよくあるため、やはり日本人が一番信頼できるのだとか。

他にも、クラスのアシスタントティーチャーが誕生日だったため、バースデーカードをクラスメイト全員で内緒で書いてあげるという機会がありました。発起人は先生で、先生は迷わず私のところにカードを持ってきて「あなたがリーダーになって全員からメッセージをもらってきてね」と依頼してきました。

他にも学生はいて、先生と仲が良い学生もいるはずなのになぜか私なのです。当然、任された私は責任を持って秘密裏に全員からメッセージをもらい、約束の期日までに先生に渡しました。すると先生はお礼の言葉とともに「やはりあなたに任せて正解だった」と言いました。

深く考える必要はないかもしれませんが、たくさん学生がいるにもかかわらず日本人の私に話がまわってくるのは、潜在的にある日本人への信頼なのかなと思いました。

とくにアメリカ人は口を揃えて「日本の車は壊れない」という言葉を口にしますが、この一件で「日本の学生は信頼できる」と言われたような感じで、個人的にはとても嬉しかったことを覚えています。

何を考えているのか分からない?

いくら信頼される日本人であったとしても、必ずしもポジティブな印象ばかりではありません。その典型が「考えていることが分からない」と思われることが多いことでしょう。

簡単に言ってしまえば、日本人はシャイでおとなしすぎるため、意思が伝わっていないことが多いのです。私もこの典型にハマっているタイプなのですが、英語が苦手だということや、元々人見知りの性格のため、相手とコミュニケーションをとるのに時間がかかりやすいのです。

もちろん日本人でも一瞬で周囲と馴染む人もいますが、日本人にはシャイの人が多いのは否定できないところでしょう。このシャイな性格と英語に自信がないことが重なってしまうと、なかなか相手と意思疎通を図るのは難しいものです。

その結果、アメリカ人や諸外国の人からすると「どう思っているの?」とか「何を考えているの?」と映ってしまうのです。日本を訪れたことがある人や、日本の文化を理解している国の人からすれば、この日本人の特徴は理解してもらいやすいのですが、日本人の特徴を知らない人からすれば、かなり奇妙に映るようです。

実際に、私はクラスのディスカッションの時間に「お前の意見がどうなのか分からない」と吐き捨てられたことがあります。私からすれば100パーセント自分に非があるため、反省するのみでしたが、周りからすれば意思表示をしてもらえないことほど嫌なことはないようです。

日本には、一歩下がる文化や遠慮する文化、控えめ、相手を立てるという概念が存在しますが、アメリカや中東系の人からすると学生レベルではそんなもの存在しないと言うのです。

どんなテーマでも、穏やかな表情でニコニコしているよりも「Yes!!」か「No!!」は明確に伝えないと後々痛い目に遭います。この経験から私はどんなテーマであっても、どう思われようとも「Yes, because…」あるいは「No, because…」を決まり台詞としてすぐ口に出来るように心がけています。

ディスカッションをしていて面白いことは、最初に主張した意見からコロコロ変わっても誰も追求してくることはないこと。日本では途中で意見が変わったら「最初に言っていたことと違う」と非難されがちですが、ディスカッション慣れしているアメリカや中東系の人は、意見が変わるのは当然のことだそうです。なぜなら、意見が変わるというのはそれだけテーマが意味するところを深く理解し、考えているからです。

日本のように議論が相手を論破して言い負かすことに照準が向いていないのは非常に新鮮でした。何かを話すときには、常に自分のスタンスと理由を用意しておき、口に出すようにするとすぐに受け入れてもらえます。

見た目が可愛くてもモテない?

アメリカでは日本人の女性はとても人気があります。ただし条件があり、その条件は「明るいかどうか」です。日本では誰もが放っておかないような可愛らしい女の子でも、条件に当てはまらなければ、見向きもされないこともあります。

実際に私のクラスメイトで、日本人のモデルのような可愛らしい女性がいましたが、まったく誘われることもなく、言い寄られることもなく留学を終えてしまった人がいます。その反対に、同じ日本人でひっきりなしで誘われる子がいましたが、その子は絶世の美女と言う訳でもなく、ごくごく普通の女性でした。

ふたりにあった明確な差は「明るさ」です。美人でもおとなしかったり、言葉数少ないとアメリカや諸外国の人からは受けないようなのです。一方で明るくフレンドリーであれば、すぐに声がかかっていつもモテモテになるようです。

留学中にモテるかモテないかは決して重要ではありませんが、人に対して社交的かどうかが、ひとつの女性の魅力として映り、さらに、それはかなり重要な部分であることは間違いないようです。

マダガスカルから留学中の青年と日本人女性について話をしていた際には「日本人女性は美しいけどシャイすぎる」と言われました。私は日本人として、シャイなのが日本人女性の良いポイントだと説明しましたが、どうにもそういう概念は説明して通じるものではないようでした。

ちなみに、日本人男性がアメリカ人の女性からモテるという話は、ほぼ聞くことはありません。ただし、ビジネスパートナーや経理関係の仕事は日本人に任せたいという話はよく耳にします。

日頃の積み重ねが大切!

日本人はとにかく成績優秀で評判上々です。私が通っている語学学校にはこれまでに多くの日本人交換留学生がいたようですが、先生たち曰く、どの日本人学生も学力が素晴らしいものだったそうです。

授業態度、テストの点数、宿題の提出率、出席率いずれもどの国籍の学生よりもすべて上回っていたと言います。実際に中東系のクラスメイトはすぐに学校を休みます。テストの日ですら学校を休んでしまうくらいで、ある意味凄い度胸をしています。

宿題の提出率も低く、毎回様々な言い訳を駆使してなんとか凌いでいる姿は少し見習いたいほどです。政府関係者からの電話がかかってきたため宿題ができなかったとか、母親と電話をしていたとか、通用しないような言い訳を巧みに操ります。

それに比べて日本人はとにかく宿題も完璧、言い訳もしない、素直で誠実。日本にいる限りは当たり前かもしれませんが、アメリカにいるとこの姿勢は本当に誇るべき姿なのだと感じます。

私が先生の説明を聞き間違えて宿題の一部をしないまま次の授業に参加したときの話。多くの学生が様々な言い訳を駆使しながらも減点を受けるなか、私だけはお咎めなし。日本人の私が宿題をしてこないのは、本当に何かしらの事情があったからだと説明する間もなく理解してもらえたのです。

先生には後で自分の非を認めつつ事情を説明しましたが、先生は「余程のミスがあったんでしょう」と気遣ってくれる始末でした。恐らく私にしてくれた特別な配慮は、他の学生にはしなかったと思います。

私の学校のルールには授業開始時間から10分経過してからの入室は不可とされ、無条件で欠席扱いというものがあります。ある日、体調が優れなかった私は授業が始まる少し前に先生に一言断りを入れて教室から出ていきました。気分が優れず、回復を待って教室に戻ったのは授業開始からすでに20分以上経過してから。間違いなく欠席扱いになると思っていました。

授業後に先生に謝罪と欠席扱いで結構ですという旨を伝えたところ、ほぼペナルティなしの遅刻扱いだけでした。普段は遅刻や欠席の扱いに容赦ない先生ですが、私の緊急事態を考慮してくれたのか、ウィンクだけしてその場は終わりました。

このことは、日本人を優遇してくれているのではなく、普段から信頼される行動を取っているからこそ、非常時に特別な対応をしてもらえるのだろうと感じました。普段から信頼される行動をとれる日本人だからこそ、許される対応だったのでしょう。

まとめ

私は1年ほどのアメリカ生活で、様々な国籍が集まる周囲から日本人がどのように見られているのか体験を通じて理解できてきました。日本人はどの国の人よりも遥かに尊敬され、信頼されているという印象です。

反対に、シャイでおとなしい性格や英語に自信がないことから、意思表示が弱い人たちとして見られていることも理解しました。いまはこれらの経験を活かし、自分なりに努力を続けています。

私は、アジア人だからなのかスーパーマーケットなどであいさつをしても冷たい目をされたり、無視されることも経験しています。英語が話せないことを理由に露骨にため息を吐かれたりすることもありました。日常的に怪訝な目で見られることもあります。

しかし、日本人としてのプライドは忘れないようにしています。そのため、どんな場面でも、素直で誠実にそして礼儀正しく振る舞っています。言葉遣いも含めてこのような姿勢でいると、多くの人たちは自然に正しいものを見るような目を向けてきます。

英語が話せなくても、シャイであっても、人見知りでも日本人らしさを自分のなかでしっかり確立しておくことが重要だと分かりました。みなさまも異国で生活する際は、日本人らしさを忘れずにいてください。