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 「英語」に関わる仕事コーナー、今回は、日本で英語を教える先生のレポートです。


私は、東京にある中高一貫の進学女子校の英語の専任教員として3年ほど働いていました。今回のレポートでは私立女子校の「英語の専任教諭」の現場がどんなものなのかをご紹介したいと思います。

「先生」を目指した経緯

中学3年生の頃からだんだんと学校で「進路を決めるための時間」が多くなり、それまでぼんやりと「英語」を使って仕事がしたいという思いはありましたが、このときは反抗期真っ只中で、いつも学校の先生に反抗的な態度をとっていて、学校の先生がとにかく「大嫌い」でした。そのくせに、いつも教育関係には興味があり、反抗期の気持ちの裏返しでもあったのだと思いますが、「自分だったらこうするのに」ということをいつも考えていました。

本格的に教育方面に進んだのは、大学の教育学専攻の学部に合格してからでした。なんとなく、教育学専攻なのだから教員免許はとったほうがいいかな、くらいの気持ちで「とりあえず」教職課程も履修していました。その頃もまだ、英語が得意だから、どこか貿易関連とか海外営業のある会社などで働くのかな、などと進路については漠然とした思いしかありませんでした。実際に教員採用は大学4年の秋くらいに行われるので、それまでは一般企業の就職活動を積極的にしていました。しかし、思いのほかやりたいことがなく、そのためか結果もあまり芳しくなく、逆に気持ちの面で最終面接を自ら断るようなこともありました。

そんな中、教育実習の季節が大学4年の6月頃にありました。教育実習に参加すると、中学時代にさんざん反抗していた先生と、対等な大人として話ができるようになっていて、あの頃はごめんなさいと素直に思えたことから、「先生」という仕事が数年ではなく10年という単位でその成果が見られるものなのだということに気がついたのです。そのことがとても新鮮で、「教員」を目指してみたいと思うようになりました。

それで、大学4年の夏に私学教員適性検査を受けると、何校かから個別試験の通知が来たのですが、縁あって、ある中高一貫の女子校から内定をいただき、そこで働くことになりました。

「専任教員」という仕事について

専任教員の仕事の特徴は、とにかく教科指導以外の煩雑な業務が非常に多いということです。平日の1日のスケジュールはこんな感じでした。

―平日の1日のスケジュール―

5:00:起床
6:00:出勤
7:00:部活(バスケ部)の朝練の監督業務(現場には行かず、職員室内で他の仕事)
8:15:全体朝礼
8:30~8:40:朝のホームルーム
8:40~12:15:午前中の授業
12:15~13:15:昼休み(昼食、生徒の来室対応、担当校務の職員会議など)
13:15~15:30:午後の授業
15:30~15:40:帰りのホームルーム
15:40~16:00:掃除指導
16:00~19:00:委員会指導、教科会議、授業準備、部活指導。
19:00:退勤

―煩雑な業務が多い―

先生というと「授業」のイメージが強いですが、実際には授業以外の業務に追われる日々です。朝から登校指導、部活動指導、お茶だし、ごみ当番、保護者との電話対応、朝からやってくる生徒への対応、朝礼の準備、などバタバタとします。

ホームルームが終わってすぐに授業がある場合は、わずか数分の間に出席チェックと報告と無断欠席者の家庭へ連絡、授業に必要な教材の準備と教室までの移動時間を含めてすべてやりきらなければなりません。

授業の合間も次の授業の準備や採点、単語テストの作成、学校行事に必要な準備、部活スケジュールの管理、対外的な連絡、校務分掌の業務など、ほっと一息つく時間はほとんどありません。特に初年度の頃は、仕事を自宅に持ち帰ることも多かったです。

―土曜日も忙しい―

土曜日は平日と同じような感じですが、授業は午前中で終わりです。そのあと部活指導が入り、終わる時間は大体18~19時でした。また、土曜日・日曜日は、対外試合や招待試合も多く、担任クラスのホームルームが終わった後バタバタと部活の部員たちを引率するということも多かったです。

キャリアデザイン・働き方・給与体系などの良い面

初任給も手取りで25万ほど、年2回のボーナスも合わせて100万円以上ありました。また、昇給も毎年着実にありました。とても忙しい毎日ですが、その点では満足していました。

働き方の良い点をあげるとしたら、私立は異動が基本的にはないので、環境の変化をあまり望まない人は、安定していて良いと思います。また、学校ごとに独自の組合組織があることがあり、組合がしっかりしていると給与体系や福利厚生などがしっかりしている場合があります。また、学校の校風や立地環境なども自分と合う合わないがあり、もちろん入ってからでないとわからないこともたくさんありますが、ある程度検討してから応募するという点では一般企業と変わりません。自分の肌と合っていれば基本的に定年まで働き続けられます。

キャリアデザインとしては、定年まで働き、定年退職後も再雇用で働く先生もいますし、その経験を生かして子どもたちに関わる仕事をする人もいます。

また、私立は独自のカリキュラムを行うことが多く、最近では英語教育に力を入れる学校はとても多いと思います。私の学校でも、2~3週間の海外研修などがあり、学年全体で行くものと任意で行くものがありましたが、英語教員は任意のほうの海外研修の引率も担当することが多かったです。

その他、国際交流などで海外からの学生や教員の接待をしたり、ネイティブ教師とタッグを組んで授業をしたり、そのネイティブ先生と学校事務との窓口になったりもしました。そういった意味で実践的な英語の使用もそれなりに機会があり、英語教員としては生徒だけでなく自分の英語力アップの励みにもなりました。

今後のキャリアや勤務体系に関する課題

やはり私立の特徴でもありますが、異動もなく、環境の変化もなく、安定しているので、自らのモチベーションがなくなるとマンネリ化し、スキルアップやセルフブラッシュアップをしなくなってしまいます。また、狭い人間関係なので、職場内の人間関係につまづくと、とても働きにくくなるかもしれません。

また、私立に限らず、中学高校は全国的に部活動があり、厳しい部活の顧問になると、休日はほとんど返上となります。私はバスケットボール部顧問でしたが、日曜日はほぼ毎週部活の練習で、春休み、夏休み、冬休みも基本的にはいつも部活動の練習があり、気づけば40日くらい休みなしで出勤していた、ということもありました。

そして、そういった部活動顧問に対する給与手当てはほとんどなく、ほぼボランティア状態です。部活への熱い想いと生徒の部活への熱意を全力で受け止めるといった精神論だけで成立する分野だと思います。また部活動へ時間を割く分、授業準備に割く時間が減るという本末転倒な現象が起きます。部活指導が忙しすぎて、へとへとになり、自分のもっている教科知識のストックだけでなんとか授業をやりきるというような状態に陥ってしまうこともありました。

現在のキャリアや業界展望(先行き)や会社の新しい試みや競合会社の動向など

そういうわけで、新しい環境でスキルアップを目指し、私は韓国で大学院留学をしました。英語はもう長年やっていて、初心を忘れてしまったので、新しい言語を学ぶことで、第二言語習得の過程と学習方法をもう一度おさらいしてみたいと思ったからです。その後、出産・育児などでキャリアはストップしていますが、長い目で見ていずれまた日本の英語教育の現場でこの経験を生かしたいと思っています。

最近では、中学高校の海外研修先も以前のアメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドといったオーソドックスな英語圏ではなく、フィリピン・シンガポールといった英語公用国のほかに、英語圏ではない台湾や中国・韓国など多様になっています。

私立の学校は経営が重要で、それを支えるのは一人ひとりの教員です。授業や校務の合間に、営業用の資料をセットしたり、営業回りをしたり、学校説明会などを開催したりと営業活動も忙しいです。営業に必要なのは今の時代の親御さんがどのような教育を望んでいるかという点を知り、それをどう自校の校風に合わせて、見せていくかというスキルです。

また、それと合わせて、費用面でも教育内容に照らしてリーズナブルかどうかという視点も必要になり、今では私立学校の先生は一人ひとりがビジネス的な視点もどうしても必要になっていると言えます。

自身の英語習得について

英語の勉強は中学から始めましたが、面白いと感じ、どんどん英語の世界にはまっていきました。最初に英語にどっぷり使ったのは中学2年の頃で、毎晩ハリウッドの映画を見ては英語字幕をさがしてきて、気に入ったセリフを真似して言ったり、同じものを繰り返し見たりしていました。当時も徐々に映画の字幕を英語学習用にした本も出回り始めていたので、買っては読み漁っていました。

高校生になり、英語圏への高校留学を目指しました。まずは学校で留学を許可される基準が英検2級だったので、それを目指して、高校1年の4月から6月まで猛勉強して英検2級に合格しました。それで晴れて留学を認められ、イギリスの高校へ1年間留学をしました。このとき、語学研修でなく、現地の普通の高校に一般の生徒として入学したため、かなり英語の勉強になったと思います。授業内容も数学、国語、地理、歴史、音楽、理科、フランス語、体育など多様で、どれも英語で授業を受け課題を提出し、テストを受け、単位を取得しなくてはいけなかったので、かなり勉強になったと思います。この頃は文法力は全く伸びませんでしたが、単語力、表現力、作文力などがつきました。

英語の文法力は大学受験勉強の頃に伸びました。まだまだ受験勉強では文法が重視されていたので、分からない文法は総ざらいしました。表現力や単語力は大学受験に必要なレベルは留学のときにだいぶついていたので、文法に時間を回しても充分余裕はあったのかもしれません。

大学に入ってからは、英語の勉強を専門にすることがなくなりましたが、ネイティブの授業を毎学期履修し、英語圏の留学生をお世話する学生ボランティアに参加するなど、何かしら、英語との接点を持つようにしていました。また英語教員内定後は短期でオーストラリアへ語学留学をしにいき、英語の教え方も意識して授業を受けていました。短期留学は航空券代、滞在費、などすべて含めて30万円くらいでした。

就職後は日々の仕事の中で英語力の維持はできました。しかし、やはり学習目標の視点が大学受験であったのと、日々の忙しさから高校英語の範囲を超えることがなかなかできませんでした。

これから「学校の先生」を目指す人への応援メッセージ

先生という仕事を選んだきっかけが、教員のインターシップともいえる教育実習だったので、イメージがつかめたことは本就職への大きな踏み台となりました。

私は、この学校は3年で辞めてしまいましたが、一番大きかった理由はもっと自分のスキルアップをしたいということでした。とてもいい職場で総合的に満足していたのですが、安定した環境で定年を迎える自分の姿が想像できなかったためです。

しかし、今は大学院留学・出産・育児などでキャリアがストップしていますが、今後も同じ方面で活躍したいという気持ちは変わりません。自分のプライベートの人生と折り合いをつけながら進んでいける職業でもあると思っているので、長い目でどんな人生にしたいのかイメージしやすい職業かなと思います。