永田美絵さん
永田美絵さん
((株)東急コミュニティー コスモプラネタリウム渋谷 チーフ解説員)
プロフィール
東京都出身。
大学卒業後、天文博物館五島プラネタリウムに就職。退職後、フリーの解説員として東京近郊のプラネタリウム館にかけもち勤務。その傍ら、ラジオ番組や本の執筆なども手掛ける。現在は、東急コミュニティー運営のコスモプラネタリウム渋谷で解説のほか、番組制作やイベント企画をおこなう。さらに、NHKラジオ第一「子ども科学電話相談」の天文・宇宙関連を担当、東京新聞でコラム「星の物語」を連載執筆中。
著書本:「星と宇宙の不思議109」「太陽系の不思議109」(偕成社)、「はじめよう星空観察」(NHK出版)、「カリスマ解説員の楽しい星空入門」(筑摩書房)

プラネタリウム業界では誰もが知っているカリスマ的存在の永田美絵さん。何度生まれ変わってもこの仕事に就きたいと思うほど、星の世界が大好きだそう。ワールドワイドどころか宇宙規模で物事を感じとらえる永田さんにその魅力を聞いてみましょう。

宇宙は毎日変化するからこその生解説

アナウンサーか声優かというほど、心地良い声ですよね。

永田さん
そうですか?嬉しいです。

私、プラネタリウムによく行きますが、星の説明は原稿を読んでいるのではなく解説員の方のアドリブだったんですね。

永田さん
そうなんです。大まかなシナリオは解説員ごとに自分で考えます。この「解説員ごと」というのがポイントなんです。同じ日の解説でも、解説員によって何の話をどのくらいするかは違いますから。

最近は何でもマニュアルが徹底していて、そこからはみ出してはいけない風潮ですけど、プラネタリウム業界では解説員個人の自由度があるんですね。

永田さん
それがおもしろいところなんですよ。最初の頃は星座の話だけでなく、天文現象や宇宙の話、それに付随する天文数値を暗記して、さらに機械操作の手順なども含めて、試験勉強のように覚えましたけどね。準備や作業に慣れてからは自由にさせてもらってます、かなり(笑)。

星空は毎日変わるからその都度、解説も少しずつ変わるんですね。

永田さん
そう。同じ夜8時の空でも一日約1℃動くから3か月で約90度傾くし、惑星や月も日ごとに変化しますから。最近では天文現象に注目する人も増えたみたいで、駅前で月の写真を撮ってる人がいると「興味持ってくれてる!」って嬉しくなるんです。

ニュースで言ったりしてますもんね。今日はスーパームーンです、とか、月食です、とか。

永田さん
そうそう。そういう日々の現象に対応できるのはライブ=生解説しかないんです。

一般的なことだけじゃなく、マニアックなこともたくさん伝えたくなりそう。

永田さん
でも時間に制限があるし、そこがね。早口で喋るわけにいかないですから(笑)。

早口で情報つめこんでしまったら癒されないですもんね。

永田さん
そうなんです。郊外だと家族連れが多い館もありますが、渋谷は平日ですと9割以上大人なんです。

ゆっくり寛げますもんね。心が穏やかになれます。

永田さん
私はそれを「プラネタリウムマジック」と呼んでるんです。プラネタリウムって数十分間、暗闇で座りっぱなし、飲食や移動ができない閉鎖的な空間じゃないですか。でもその数十分で癒されたり満足感を得てくれたりする。こんな素敵な仕事に就けて幸せだなと思います。

 

アイドルよりも宇宙love

子供のころから星に興味があったんですか?
永田さん
はい。高台に自宅があったんで、帰り道や部屋の窓から見る夕日や星空が大好きでした。
昔は今ほど親の送り迎えが一般的じゃなかったし、子供一人で夕暮れを歩くことも多かったですもんね。
永田さん
そうそう。で、景色を見て物思いに耽るだけならいいけど、もっと宇宙を知りたいって強く思うようになっちゃって。友達がアイドルの写真を下敷きに入れる中、私は土星やアンドロメダ銀河の写真を入れてました(笑)。
宇宙にのめり込んできたんですね。
永田さん
そう。プラネタリウムを観に行っては「どうしたらこのお仕事につけますか?」って質問したこともあります。
かわいい。それで、どうやってこの職業に就いたんですか?
永田さん
大学1年のとき、天文部の先輩の紹介でプラネタリウム解説のアルバイトをしたんです。町田にあった東急まちだスターホール。これが楽しすぎて、勤務日以外もバイト先に行って「毎日でもいいから入りたい」とお願いしたり。とうとう夏休みには連続27日も通ってました(笑)。
すごいですね。不安や緊張はなかったんですか?
永田さん
最初はありましたよ。だから緊張しないように本番前に相当練習したんです。先輩の真似を徹底的にして、自分なりの原稿を作ってそれを覚えて。自宅以外では電話ボックスで電話してるふりをしながら練習しました。
電話ボックス。まあ、声が漏れないから適してるのかもしれないですね。あ、人目を感じて話す練習にもなりますね。
永田さん
本番は暗闇だし、皆さん上を向いて私のことなんか見てないですけどね。
確かに。でも、このバイトで念願叶って解説の仕事ができたんですね。
永田さん
はい。大学4年間ずっとこのバイト一筋(笑)。で、卒業前に「五島プラネタリウムが社員を募集しているから受けてみたらどうか」と言われたんです。日本で有数の歴史あるプラネタリウムだったので面接を受けさせてもらいました。
で、合格ですね。
永田さん
これでようやく、アルバイトではない、「解説員 永田」になれたんです。ここでさらに解説の仕方や天文学などを教わり、今の私を支える土台と自信になっています。

解説員の仕事

解説員という肩書きですが、解説のための準備に時間が相当かかりそうですね。
永田さん
はい。季節や時間帯によっても、子供が多いときと大人が多いときは構成や天文現象の説明を少し変えますしね。
内容を変えて、「あ、時間が足りない」ということにならないんですか?
永田さん
慣れてくると大丈夫なんです。たとえば、オリオン座とさそり座の話は2分、とか、古代エチオピアの話は5分、とか、パッケージで覚えていくので、その組み合わせで、制限時間内に色々と解説できるようになるんですよ。
なるほど。それで余裕ある穏やかな解説ができるんですね。
永田さん
とは言っても、何十枚もスライドを動かしたり、太陽系の投影機を操作したり、同時に星を動かしたりしてるので、頭の中はリオのカーニバルのようですよ。ゆったり喋って見えるかもしれませんが(笑)。
頭の中だけでなく、言動がカーニバルのようになってしまった失敗はありますか?
永田さん
ありますよ、忘れられない事件…というか(笑)。解説中にポインターが点灯しなくなったことがありました。ポインターというのは星などを灯りで示すもので、解説員の命とも言えます。だから必ず予備のポインターも常備してるんですが、その時は予備も点かなかったんです。どうやらコンセント自体が壊れたようで、こうなったらもうどうすることもできない。
では言葉だけで説明したんですか?
永田さん
まずはそうですね。「皆さん、頭の上をご覧ください。ひと際明るい星がこと座のベガです」なんて言っても、ぽかーんとした雰囲気でしたけど(笑)。
暗闇でもそういう時の空気は伝わってきますもんね。
永田さん
ですね。だから説明しながら、外にいる解説員に知らせました。
どうやって知らせるんですか?ずっと喋ってますよね?
永田さん
プラネタリウム内の音声を事務所に流すようにするんです。そうすると、個別に応援を頼まなくても、中で何か起きているか察知して対応してくれます。
非常ベルが鳴るのではないんですね。
永田さん
そう。基本的には解説員がすべて対応しますが、操作機事故や子供が泣きだしちゃったりした時などは応援を頼む場合もあります。
なるほど。で、そのぽかーん…のときは、その後どうしたんですか?
永田さん
番組が始まったばかりのアクシデントだったので、これは何とかしなくてはと内心焦りました。でも追いつめられると何でもしてしまいますね(笑)。ふと、目の前の回転式星座絵投影機に気付いたんです。星座の絵を手動で動かす幻灯機のようなものなんですけどね。とっさに「これだ!」と思いついて。はくちょう座を星空の中で移動させて、口ばしを使ってベガを指し、「これがこと座のベガです」と説明しました。その後ははくちょう座があらゆる星を指すというシュールな世界が展開しましたよ。会場はずっと大爆笑でしたけど。
すごいですね。でもさすがの対応力です。それを慌てずにおこなうんですもんね。
永田さん
その他にも失敗は数多くありますけど。気付かれないように修正しています(笑)。
新しいことにいつも挑戦されるからこその失敗かもしれませんよね。常にお客様を楽しませようと考えるから。
永田さん
そう言っていただけると有難い(笑)。でも、情報は常に増えるし進化しますから、それをどうやってお伝えするかというのはよく考えますし、今度はこうしてみようという思いは尽きないですね。

後編では、海外のお話を中心に伺います。